「売上を伸ばしたい」。
チャネル戦略に取り組む企業で、この言葉を口にしないところはまずありません。
代理店の数を増やしたい。販売本数を増やしたい。未開拓エリアで売上を立てたい。
それはごく自然な発想です。そもそもチャネル戦略とは、自社だけでは届かない市場に、パートナーの力を借りてリーチし、売上を拡大していくための戦略だからです。

しかし、そこで一つ立ち止まって考えたいのは、「売上が伸びた」ことが、本当にチャネルの成長を意味しているのか、ということです。

短期的に売上が伸びていても、ふと振り返れば、主力のパートナーが疲弊して離脱していたり、同じチャネル課題を何年も繰り返していたりする──そんな状況に、心当たりはないでしょうか。
売れているはずなのに、なぜか安定感がない。成功事例が横展開できない。売れている代理店とそうでない代理店の差が広がるばかりで、支援の手応えも見えない。

もしそうだとすれば、その「売上」という結果を、私たちは少し過大評価してしまっているのかもしれません。

売上は「現象」であって「構造」ではない

売上は、もちろん大事です。
ビジネスにおける一つの明確な評価軸であり、数字として成果を確認する手段でもあります。
しかしそれは、あくまで現象であって、構造ではありません。

チャネルが本当に育っているかどうかを見るには、数字の裏側にある行動や仕組み、関係性に目を向ける必要があります。

たとえば、その売上がなぜ上がったのか。その方法は他のパートナーにも再現可能なのか。翌年以降も同じ水準が続くのか。製品の理解や顧客支援まで含めて主体的に動けているのか。
──
こうした問いに答えられない限り、売上は単なる現象の域を出ません。そして現象は、環境や担当者、タイミングによって簡単に崩れます。

本当に育っているチャネルとは、「売上を出した」かどうかではなく、「売上を出し続けられる状態が内在化しているかどうか」で判断すべきなのです。

チャネルが“育っている”とは、どういうことか

では、育っているチャネルとはどういう状態を指すのでしょうか。
それは、単に取引量が増えているパートナーのことではありません。

育っているチャネルでは、次のような振る舞いが自然と行われています:

  • 製品やサービスの価値を、自分の言葉で語れる
  • 顧客の状況に合わせて提案内容を調整できる
  • 導入後の活用支援まで視野に入れて行動している
  • 本部の戦略を理解し、現場の判断に活かしている

これらはすべて、「売れた」という数字には現れにくいですが、成果の持続性や再現性を大きく左右します。

つまりチャネルの成長とは、「売れたこと」ではなく、「成果が生まれる行動や判断が、パートナーの中に育っているかどうか」なのです。

“売る”ことの意味が変わってきている

このような視点の変化は、市場そのものの変化とも密接に関係しています。

かつてのチャネル戦略は、「モノを売ること」が目的でした。
製品に明確な差別化があり、価格やスペックを伝えれば売れる時代。
パートナーは、その手足として機能すればよかった。

ところが今は、製品・サービスが複雑化し、SaaSやサブスクリプションのような「定着してはじめて価値が生まれる」モデルが増えています。
顧客も、単に「導入できるか」ではなく、「導入後に成果が出るか」を見ています。

つまり、「売る」という行為は、単なる取引の完了ではなく、価値提供の始まりへと意味が変わっているのです。

その変化に伴い、パートナーにも「販売」ではなく「共創」の姿勢が求められるようになりました。
パートナーはもはや「商品を広げる存在」ではなく、「成果を一緒につくる仲間」でなければならないのです。

売上だけを追うと、チャネルは疲弊する

にもかかわらず、多くの現場では「売上」だけが評価軸になっています。

パートナーは成果を出さなければ評価されず、場合によっては関係解消の対象にもなります。
インセンティブや支援も、「売れたかどうか」で判断されがちです。
けれども、その売上がどう生まれたのか──試行錯誤の末の一件だったのか、
たまたま巡ってきた案件だったのか──が問われることは、ほとんどありません。

このような状況が続けば、パートナーはやがて疲弊します。
短期的な成果を出すことに追われ、中長期的な学習や改善の余地が奪われるからです。

本部側もまた、「とにかく売ってほしい」というプレッシャーをかけるばかりで、
チャネルの中に何が起きているのかを見失いがちです。

結果として、「売上は出ているのに、チャネルが育っていない」「毎年同じ代理店だけが苦労している」「他に広がらない」──そんな閉塞感に陥ることになります。

本当に問うべきは、「どうすれば育つか」

では、チャネルを本当の意味で育てるには何が必要なのでしょうか。

まず必要なのは、問いの立て直しです。
「どうすれば売れるか」ではなく、「どうすれば、売れる状態が育つのか」を考えること。

そして、それを具体的な仕組みや支援の形に落とし込んでいくことです。

たとえば──

  • パートナーが必要としている知識や判断基準は何か
  • どのようにすれば、本部の意図が現場まで届くのか
  • 成功しているパートナーの行動を、他でも再現するには何が要るのか
  • 顧客との接点を持ち、成果につなげる行動を促すには、どのようなサポートが有効か

これらは単なる施策ではなく、行動の設計という意味での支援の仕事です。
気配りや根性論ではなく、構造として意図された支援が求められています。

おわりに──売上を“生む”チャネルへ

チャネル戦略において、売上は確かに重要です。
けれども、それは目的ではなく結果であり、現象でしかありません。

本当に問うべきは、「どうすれば成果が継続して生まれる構造を、チャネルの中に育てられるか」です。

支援とは、資料を送ることでも、声をかけることでもなく、行動を設計し、振る舞いを育てること。
それができるかどうかが、これからのチャネル戦略の分かれ道になるのです。